ジャプジーはグル・グラント・サーヒブの劈頭に置かれ、最も重要視されるものである。
ジャプとは、サンスクリットのJapaに由来し、ジャパは短いマントラの繰り返しを行う瞑想法である。このジャプジーはそのような行法そのものとは別のものであるが、短い繰り返しの言葉を多用する瞑想的なものということでは共通する。
しかし、短く瞑想的であるが故に、文意は難解であり、解釈によらなければ理解できない箇所も多い。
先頭と末尾の2つのサロークと38のパウリーからなり、末尾のサロークがグル・アンガドの作である以外は、全てグル・ナーナクの作である。
最初のサロークは、ムール・マントラ(mul mantra根本的真言)と呼ばれ、グラント・サーヒブの精粋とされている。



ਸਤਿ ਨਾਮੁ ਕਰਤਾ ਪੁਰਖੁ ਨਿਰਭਉ ਨਿਰਵੈਰੁ ਅਕਾਲ ਮੂਰਤਿ ਅਜੂਨੀ ਸੈਭੰ ਗੁਰ ਪ੍ਰਸਾਦਿ
イク・オンカール サト ナーム カルター プルク ニルバオ ニルヴェル アカール ムールト アジューニー サェバン グル プラサード

イク・オンカール[一、韻、為]。真理がその名。創造者にしてプラク[プルシャ、原人、真我](かれには)恐れなく、敵意もない。不滅[超時間的]の姿形、生まれざるもの、自ら在るもの。師の恩寵によって(これは知られる)
ジャプ
それは原初の真理。諸時代を超えた真理。
今も真理であり、ナーナクよ、未来においても真理である。 ॥1॥

思惟するとも、真理を思惟することはできない。たとえ、十万回の思惟を経たとしても。
沈黙するとも、真の静寂は起こることない。たとえ、瞑想に深く留まり続けたとしても。
飢えた者の飢えは満たされることがない。たとえ、町々の財貨を積み上げたとしても。
数十万の聡明なるわざ。だが、その一つも共に行くことはない。
いかにして真理に至り、いかにして虚偽のヴェールを引き裂くことができるようになるのか。
大命に従うことによって、ナーナクよ、それが共に行くと定められている。 ॥1॥

大命によって形質は成ったが、大命を言い表すことはできない。
大命によって霊魂は成った。それは、大命によって卓越した性質を獲得する。
大命によって高きと卑きは定められ、書かれた大命によって苦難と幸福を得る。
ある者は大命によって祝福され、ある者は大命によって常に(輪廻を)彷徨う。
大命の下に誰もがおり、大命の外には誰もいない。
ナーナクよ、大命を理解するものは、誰も自己心に語ることはしない。 ॥2॥

(大命の)力を、誰が歌えるのだろうか。誰が歌う力を持つだろうか。
(大命の)恩恵、徴を知ることを誰が歌えるだろうか。
(大命の)性質、偉大さと美について、誰が歌えるだろうか。
(大命の)考察し難い知識を、誰が歌えるだろうか。
(大命は)身体を造り、それを塵に戻す。これを誰が歌えるだろうか。
(大命は)霊魂を取り、それを再び体に戻す。これを誰が歌えるだろうか。
(大命は)遥か遠くに在すように思える。これを誰が歌えるだろうか。
(大命は)顔を合わすように近くに臨在する。これを誰が歌えるだろうか。
教えの物語が不足することはない。
百万の人が百万の物語の上に百万を加えるが、それでも尽きることはない。
与える者は与え続け、受け取る者は疲れてしまった。
いくつもの時代を通じて、費やす者は費やしてきた。
大命を降す者は大命によって、人々を道を行くように導いた。
ナーナクよ、(大命は)安穏と花開く。 ॥3॥

真理は主、真理がその名。それは限りない愛を以て語られる。
人々は「与えたまえ、与えたまえ」と祈り願う。それで、与え主は恩恵を与える。
だが、来世において(真理の)法廷で見える時に、彼に何を捧げることができるだろうか。
口からで出る、どんな言葉が聞き入れられ、彼の愛を呼び起こせるのか。
(それは)アムリト・ヴェーラー[夜明けの時間帯]に、真理の名と彼の偉大さを思念することによって。
カルマ[応報の原理]によって(肉体という)衣服は得られ、聖寵によって解脱の門は見いだされる。
ナーナクよ、このように知れ。全ては真理自身であると。॥4॥

(かの真理は)建てられない。造られることがない。
それ自身が無染[清浄、無属性の意]の者だからである。
かれに仕える人は誉れ[解脱と同意]を得る。
ナーナクよ、(真理の)性質[徳、栄光]の宝を歌え。
歌え、聞け、心に愛を満たせ。
苦しみは遠く去り、幸せがあなたの家に来れ。
師の言葉はナード[神秘的音素]。師の言葉はヴェーダ。師の言葉は遍く浸透している。
師はイーシュヴァラ[シヴァ]、ゴーラク[ヴィシュヌ]、師はブラフマー。師はパールヴァティー、マー[母神の意。ラクシュミーまたはサラスヴァティ]である。
たとえ、真理を知ったとしても、わたしは語ることはできない。それは言葉では言い表せられないから。
師よ、一つのことの理解を与えてください。
全ての霊魂の唯一なる与え主。その方を忘れてはならない。 ॥5॥

わたしが真理に喜ばれるものならば、それがわたしの巡礼地であり、沐浴である。彼の意に適わなければ、沐浴が何になろうか。
造られた物をわたしは見た。それらはカルマなくして、何を得ることができただろうか。
意志の中に宝玉、貴石、宝石がある。もし、正師の教えを一つにでも耳を傾けるならば。
師よ、一つのことの理解を与えてください。
全ての霊魂の唯一なる与え主。その方を忘れてはならない。 ॥6॥

たとえ、四ユガ[ヒンドゥー思想におけるの時代の区分]の寿命を生き、さらに十を増し加えたとしても、
九つの洲に知られて、誰もが供となって行くとしても、
善き名声と称賛と名誉を世界に得たとしても、
恩恵の眼差しが臨まなければ、(来世において)誰も口を利くことはないであろう。
虫の中の一匹と見なされて、罪人は罪を帰すであろう。
ナーナクよ、真理は徳なき者に徳を与える。徳ある者に徳を授けたように。
だが、真理に徳[性質]を付け加えることは、誰も考えることもできない。 ॥7॥

御名を聞くことによって、(本当の)シッダ[仏教やジャイナ教の成就者]、ピール[イスラムの導師]、スル[天国の住人]、ナート[主人の意のシヴァ派修行者]となる。
御名を聞くことによって、大地、ダヴァル牛[大地を支える神話的牛]、天空(等の本質)を知るようになる。
御名を聞くことによって、島々、世界の地、地底界の知識を得る。
御名を聞くことによって、死さえあなたに触れることができない。
ナーナクよ、献身者は常に幸福である。
御名を聞くことによって、苦しみと罪は消滅する。 ॥8॥

御名を聞くことによって、イーシュヴァラ、ブラフマー、インドラとなる。
御名を聞くことによって、悪口の者達すら賛美するようになる。
御名を聞くことによって、ヨーガの技法、身体の秘密は得られる。
御名を聞くことによって、経典、聖伝承、ヴェーダを理解を得る。
ナーナクよ、献身者は常に幸福である。
御名を聞くことによって、苦しみと罪は消滅する。 ॥9॥

御名を聞くことによって、真実、満足、霊知を得る。
御名を聞くことは、六十八の巡礼地の沐浴場に等しい。
御名を聞き、繰り返して唱えることによって、誉れを獲得する。
御名を聞くことによって、サハジ禅定(真理との融和する究極境)を得るだろう。
ナーナクよ、献身者は常に幸福である。
御名を聞くことによって、苦しみと罪は消滅する。 ॥10॥

御名を聞くことによって、徳の海の深みは鳴らされる。
御名を聞くことによって、(本当の)シャイフ[イスラムの長老]、ピール、皇帝となる。
御名を聞くことによって、盲人も道を見出す。
御名を聞くことによって、測り難いものを把握する。
ナーナクよ、献身者は常に幸福である。
御名を聞くことによって、苦しみと罪は消滅する。 ॥11॥

信仰者の態を言い表すことはできない。
もし、誰かが言い表そうとしても、後悔するだけであろう。
紙も、筆も、書記も、
信仰者の有様を記録できない。
このように、御名は染まることがないもの。
信仰者だけが、このような心の態を知るようになる。 ॥12॥

御名に従うことによって、直観と知性は心に入る。
御名に従うことによって、全ての世界の認識を持つ。
御名に従うことによって、顔を打たれることがない。
御名に従うことによって、ジャム[ヤマ、閻魔。死を司る神]の使いと行くことはない。
このように、御名は染まることがないもの。
信仰者だけが、このような心の態を知るようになる。 ॥13॥

御名に従うことによって、道は阻まれることはない。
御名に従うことによって、名誉と名声が共に行く。
御名に従うことによって、破滅の道を行くことがない。
御名に従うことによって、ダルマ[正義、法]に堅く結ばれる。
このように、御名は染まることがないもの。
信仰者だけが、このような心の態を知るようになる。 ॥14॥

御名に従うことによって、解脱の扉を見出される。
御名に従うことによって、信仰者は家族を和合させる。
御名に従うことによって、正師の弟子たちと渡っていく。
御名に従うことによって、ナーナクよ、比丘のように物乞いすることはない。
このように、御名は染まることがないもの。
信仰者だけが、このような心の態を知るようになる。 ॥15॥

選ばれた者たちは受け入れられ、選ばれた者たちは認められる。
選ばれた者たちは、宮廷で誉れを受ける。
選ばれた者たちは、王の宮廷で美しく装われる。
選ばれた者の思念は、一人の師に注がれる。
もし、人が創造についての考察を語ろうとしても、
創造の行為を数え上げることはできない。
(神話で語られる)ダヴァル牛とは、ダルマである。それは仁慈の息子。
それは、自らが定められた場所で、忍耐強く大地を維持している。
これを理解する者は誰でも、真実の人となる。
ダヴァル牛の上には、なんと多くの重荷があるのだろうか。
この大地の上に、多くの、多くの世界があった。
いかなる力が、その重荷を支えたのか。
生物の分類、種別と名は、
全てのものは、かれの流れる筆によって定められた。
この書が、どのように書かれたを誰が知るだろうか。
その書かれた書は、いかに大きなことだろうか。
なんという力だろうか、なんという美しい形だろうか。
なんという恩恵。誰がその価値を知るだろうか。 かれは一言で宇宙の拡散を呼び起こした。
幾十万の河が流れ始めた。
あなたの大能[創造の能力]を、誰が思慮できるだろうか。
(無力である為に)わたしは一度も、あなたへの犠牲であることはできなかった。
あなたが喜ばれるところが、善き行為なのである。
あなたは常に安和にして無形の者。 ॥16॥

無数の、かれを瞑想する者たち。無数の、かれを愛する者たち。
無数の、かれを供養する者たち。無数の、タパス[苦行の熱力]を溜める者たち。
無数の、聖典を読み、ヴェーダを詠唱する者たち。
無数の、世俗より心を離すヨーギー。
無数の、かれの性質と知識を探求する献身者たち。
無数の、サティ[出家者]。無数の、施す者たち。
無数の、敵の矢面に立つ勇士たち。 [または、鉄を食らう口の勇士たち]
無数の、愛のタール[弦楽器の一つ]を響かせる沈黙の修行者たち。
あなたの大能を、誰が考察できるだろうか。
わたしは一度も、あなたへの犠牲であることはできなかった。
あなたが喜ばれるところが、善き行為なのである。
あなたは常に安和にして無形の者。 ॥17॥

無数の、無知に盲目な愚か者たち。
無数の、盗賊と他人の財産を貪る者たち。
無数の、暴力を以て権力を立てるアミール[イスラム教徒の支配者。バーブル軍の将軍の配下の士官]
無数の、殺人者と殺戮者。
無数の、罪を犯し続ける罪人たち。
無数の、自らの虚言に惑う虚言者たち。
無数の、汚物を食料とするマレーチュ[インド外より来た侵略者]
無数の、愚かな重荷を頭に乗せて往く中傷者たち。
ナーナクは、このように堕落した者たちについて述べる。
わたしは一度も、あなたへの犠牲であることはできなかった。
あなたが喜ばれるところが、善き行為なのである。
あなたは常に安和にして無形の者。 ॥18॥

無数の、かれの御名。無数の、かれの場所。
全く測り難い、かれの無数の世界。
無数の、知を尽くして御名を繰り返す者たち。
音節によって、我らは御名を繰り返す。音節によって、我らは称賛を行う。
音節によって、我らは霊知は得、栄光の歌は歌われる。
音節によって、我らは言葉を書き、口にする。
音節によって、人の額に記録された運命は表される。
だが、この運命を定めた者の額には何も記されることがない。
勅令に従って、われらは受け取る。
かれの創造が偉大であるように、かれの名誉も偉大である。
かれの名なくしては、いかなる所もない。
あなたの大能を、誰が思慮できるだろうか。
わたしは一度も、あなたへの犠牲であることはできなかった。
あなたが喜ばれるところが、善き行為なのである。
あなたは常に安和にして形なき方。 ॥19॥

手足、体の諸々の部分が汚れているならば、
水によって洗い流すことができる。
服が尿で汚れているならば、
石鹸を使って綺麗にされる。
意思が罪に繋げられているならば、
それは、御名の愛という染料によって浄められる。
聖人にも罪人にも、単にそう呼んだからなるのではない。
人の行為の記録によって、記録の天使は筆を取る。
人は自分で種撒いたものを、自分で食べる。
ナーナクよ、大命によって人は(輪廻を)往来する。 ॥20॥

聖地巡礼、苦行の熱力、慈悲と喜捨、
それだけでは胡麻の種ほどの誉れを得るだけ。
御名を聞くこと、従うこと、心に愛を満たすこと、
それらが、聖地の奥深くにおいて、御名を以て不義を洗い流す。
全ての美徳はかれのもの。わたしには何もない。
徳なくては、献身はない。
独り自存することから、マーヤーに移り、あなたは造られたブラフマーから挨拶を受けた。
「あなたは真実、あなたは美、あなたの心に常に喜びがあるように」
それは、いつの時、いつの時代であったか。いつの日、いつの週であったか。
いつの季節、いつの月であったか。いつの瞬間に最初の形質が造られたのか。
その時は、パンディット[ヒンドゥーの学匠]にも見出せなかった。もし見つけていたら、プラーナの篇に書き記したであろう。
その瞬間は、カーズィー[イスラム法学者]にも見出せなかった。もし見つけていたら、クルアーンの注釈に書き記したであろう。
ヨーギー、他の者たちにも、その日、その週、その月、その季節も知られていなかった。
萬物を造った創造者、かれのみが自らの為した時を知る。
どうやって語れようか。どうやって讃えられるだろうか。どうやって表現できようか。どうやって知ることができようか。
ナーナクは言う。全ての者が、誰よりも聡明であるかれについて語ろうとする。
偉大なるは真主、偉大なるは御名。かれが為すことによって、全ては実現する。
ナーナクよ、自ら誇る者は、来世おいて飾られることはない。 ॥21॥

地底界の下に十万の地底界があり、天界の上に十万の天界がある。
人は、真理の際限を探し求めて疲労する。ヴェーダは言う。「それに限りはない」
千のプラーナと啓典は言う。「起源は一つの本質」
これを記述しようとしても、それを終える前に命が尽きるであろう。
ナーナクよ、かれを偉大であると言え。だが、かれだけが自身の偉大さを知っている。 ॥22॥

讃える者たちは(アッラーを)讃えたが、直観は得られなかった。
海に流れ込む川と支流は、(アッラーという海の)広大さを知らない。
山や海もの富を持つシャー[イランの帝王]やスルターン[アラブ、トルコの皇帝]であっても、
心に御名を忘れない蟻のような(卑しい)者にすら等しくない。 ॥23॥

御名に対する称賛に限界はなく、それを語る人々にも限界はない。
かれの慈悲に限界はなく、その恩恵にも限界はない。
かれが見ることに限界はない。かれが聞くことに限界ない。
かれの心の秘密の限界は認識されない。
かれの近き、或いは遠きにあること、その限界を認識することはできない。
かれの限界を知ろうとして、なんと多くの心を悩ましてきたことか。
しかし、かれの限界は確かめられない。
誰も、かれの限界を知らない。
わたしは多くのことを語ったが、
まだ多くのことが語られないままでいる。
大いなるは主。いと高きはかの玉座。
高きを超える、至高の御名。
何ものも、かれのように高きものはない。
かれ自身がその高みと態を知り、
それが、いかに偉大であるかを知っている。
ナーナクよ、かれは聖寵と応報によって(人々に)報いる。 ॥24॥

その恵みは極めて多く、それを書き留めることはできない。
大いなる与え主には、僅かな吝嗇さもない。
なんと多くの、かれに恩恵を乞う、数え切れない戦士たち。
なんと多くの、数えることすら出来ないものを思慮する者たち。
なんと多くの、罪の中に衰えていく者たち。
なんと多くの、恩恵を受け取りながら、真理を拒む者たち。
なんと多くの、費やすだけの愚かな費やす者たち。
なんと多くの、苦しみと飢え、絶えざる虐待を耐える者たち。
与え主よ、これらでさえあなたの贈り物。
輪廻と解放は、ただ、あなたの意志による。
誰も、それに物言うすることはできない。
もし、愚かな者たちが物言おうとするならば、
自ら苦しむ罰を、自分の身を以て知るであろう。
かれは(誰に恩恵を与えるかを)知っており、かれ自身を与える。
これを認識する者たちは、はるかに少ない。
称賛を歌うために祝福された人は、
ナーナクよ、王の中の王である。 ॥25॥

価値限りない、かれの性質。価値限りない、かれの取引。
価値限りない、かれの商人たち。価値限りない、かれの宝庫。
価値限りない、かれから来る者たち。価値限りない、かれから買われたもの。
価値限りない、かれからの愛。価値限りない、愛への融和。
価値限りない、かれのダルマ。価値限りない、かれの法廷。
価値限りない、かれの秤。価値限りない、かれの錘。
価値限りない、かれの祝福。価値限りない、かれの徴。
価値限りない、かれの慈悲。価値限りない、かれの勅令。
価値限りない、言い難き価値限りないもの。
かれに語り続けて、かれの愛に留まる。
彼らはヴェーダとプラーナを読み、かれについて語る。
学者たちは語り、教える。
ブラフマーとインドラは語る。
ゴーピー[牛飼いの女]とゴーヴィンド[クリシュナ]は語る。
イーシュヴァラは語る。シッダは語る。
かれが造られた、多くの仏陀は語る。
ダーナヴァ[悪魔]は語る。デーヴァ[神々]は語る。
スル、ナラ、牟尼、奉仕者は語る。
なんと多くの者がかれについて語り、言い表そうとしたことか。
なんと多くの者が、かれについて語る間に、去って逝ったことだろうか。
もし、かれが既に創造したものよりも、更に多くの者を創造したとしても、
それでさえ、かれについて語ることのできる者はいないであろう。
かれが望まれるだけ、かれは偉大である。
ナーナクよ、かれだけが己の偉大さを知る。
もし、かれについて言い表そうとするならば、
その者は、愚か者の中の愚か者と記されるであろう。 ॥26॥

あの門はどこにあるのか。あの家はどこにあるのか。あなたが座し、全ての者を配慮する場所は。
様々な楽器のナードが鳴り響き、数え切れない楽士が居る。
なんと多くの、ラーグの舞妓たち、多くの歌手がそこであなたに歌う。
大気、水と火はあなたに歌う。かの門においてダルマ王は歌う。
人の行為を記録するチトラとグプタ、その記録に従って裁くダルマの審判者は歌う。
イーシュヴァラ、ブラフマー、そして、あなたに装われて常に美しい女神たちは歌う。
インドラは王座に座り、神々と共に、かの門で歌う。
シッダたちはサマーディの中にあって歌う。サードゥは黙想の中にあって歌う。
ヤティ、サティ、サントーキーは歌う。不屈の勇士たちも歌う。
パンディット、ラキーサル[リシ(聖仙)の主]はヴェーダを詠唱し、世々にあなたに歌う。
天上、地上、地底界において、心を魅惑するモーヒニー[ヴィシュヌの女性形化身]たちは歌う。
あなたに造られた宝玉は、六十八の聖地と共に歌う。
大勇の戦士、スール、四原素は歌う。
御身の手によって造られ、整えられた大地、世界、宇宙は歌う。
彼らはあなたに歌う。あなたの意志に適い、あなたの愛を刻まれた献身者は。
なんと多くの者が歌うのか。わたしは彼らを記憶しきれない。いかに、ナーナクは彼らを数え切れようか。
かれは常に真理、真実の真主。真理がその名。
真理は今もあり、未来にもある。創造された宇宙が消え去ったとしても、それは消え去ることがない。
様々な形、様々な生き物の種、様々なマーヤーを創造した。
かれの偉大さを証明する、その業を見よ。
自ら望むところを行い、いかなる命令にも服さない。
かれは諸主の主にして、大いなる真主。ナーナクはその意志に従うのみ。 ॥27॥

満足を耳輪、謙遜を頭陀袋、瞑想を体に塗る聖灰とせよ。
死を想うことを継ぎ当ての衣、純粋性を道とし、信頼を杖とせよ。
全ての人々への協力をアーイー・パント[ヨーギーの宗派]となせ。意を征服することは、世界を征服することである。
かれに敬礼し、また敬礼する。
原初なる者、清浄なる者、無始なる者、不滅なる者。それは諸時代において同一である。 ॥28॥

知識を食物とし、憐れみを倉庫の管理人とし、ナードを全ての人の心に響かせよ。
諸世界を糸で繋げた方をナート[主人]とせよ。富や神通力のようなものは他人の為の楽しみとしよう。
結合と分離はかれの意志より来る。運命によって我らは分け前を受け取る。
かれに敬礼し、また敬礼する。
原初なる者、清浄なる者、無始なる者、不滅なる者。それは諸時代において同一である。 ॥29॥

一人の母[マーヤー]が孕んで三人の子を産んだ。
一人は製作者、一人は維持者、一人は破壊者。
真理は自分の意志に従い、彼らに勅令を下して行わせる。
かれは彼らを見るが、彼らに見られることはない。これは大いなる驚異。
かれに敬礼し、また敬礼する。
原初なる者、清浄なる者、無始なる者、不滅なる者。それは諸時代において同一である。 ॥30॥

諸宇宙の上に、かれの座と宝庫がある。
それらに入れられたものは、一度だけ置かれた。
創造者は創造し、それを見守る。
ナーナクよ、真理とは真理の働きである。
かれに敬礼し、また敬礼する。
原初なる者、清浄なる者、無始なる者、不滅なる者。それは諸時代において同一である。 ॥31॥

わたしは一つの舌を十万にし、さらにそれを二十倍にし、
全ての舌で数十万回も、世界の唯一の御名を讃えるであろう。
この方法によって階段を昇り、夫君であるかれと一つになる。
天界の領域についてを聞いて、虫でさえも故郷に帰ることを望んだ。
ナーナクよ、虚偽者が虚偽を誇る間、彼らは恩恵の眼差しによって真理を見出した。  ॥32॥

(御名の助けなければ)語る力もなく、沈黙する力もない。
乞う力もなく、与える力もない。
生きる力もなく、死ぬ力もない。
富と隠れた心の諸力を支配する力もない。
真理を直観し、霊知を熟慮する力もない。
輪廻を逃れる術を見出す力もない。
(かれだけが)御手に力を持ち、全てを見守る。
ナーナクよ、 (かれの前には)誰も高きも低きもない。 ॥33॥

夜、昼、週、季節。
大気、水、火、地底界。
これらの中心に、ダルマの殿として地上は定められた。
その中に、それぞれ異なった種類の生物が置かれた。
それらの名称は数え切れず、限りがない。
それらは自らの行為によって審判される。
真理がそれ自身であり、真理が法廷である。
そこは美に飾られ、選ばれた者は受け入れられる。
恩恵の眼差しによって、彼らは行為の報いの印を受ける。
悪も善も、そこで識別されるであろう。
ナーナクよ、彼処に往く時に、それは見られよう。 ॥34॥

このようなものが、ダルマの領域の法である。
次に霊知の領域について語ろう。
多くの風と水と火。多くのカーハナ[クリシュナ]とマヘーシュヴァラ[シヴァ]
多くの、偉大な美と、様々な色で飾られた諸世界を形作ったブラフマー。
多くの、カルマによって計画された大地、多くの山。多くのドゥルヴァと教師。
多くのインドラ、多くの月と太陽。多くの諸世界と諸地。
多くのシッダと仏陀。多くのナート。多くの様々な肖像の女神。
多くの神々と悪魔。多くの牟尼。多くの宝石と海。
多くの生命の四元素。多くの言語。多くの王たちの系図。
多くの直観の持ち主。多くの奉仕者。ナーナクよ、その限界は限りない。 ॥35॥

霊知の領域では、霊知がまばゆく光る。
そこにはナードが響き、喜びと至福の光景がある。
幸福の領域の言葉は美である。
そこでは比類ない美の型が形作られる。
誰も、それを表現できない。
もし、誰かが言い表そうとしても、後悔するだけであろう。
直観、知性、心の理解はそこで形作られる。
勇士の意識と神通力を持つシッダは、そこで形作られる。 ॥36॥

カルマの領域の言葉は力である。
そこに住む者は比較できない。
そこには不屈の戦士と勇士が住まう。
彼らはラームの力に満たされている。
無数のシーターが、栄光に包まれ涼んでいる。
彼女らの美は言い表されない。
死も欺きも、彼らの下に来ることはない。
その心の中にはラームが住まうからである。
諸世界の献身者がそこに住まう。
彼らは至福であり、その心は真理に満たされている。
真理の領域は、形無き御方の住まうところ。
彼は万有を創造し、(恩恵の)眼差しによって見守り、幸せを与える。
そこには諸大地、諸世界、諸宇宙がある。
もし、その限界を語ろうとしても、その限界はない。
諸世界の上に諸世界があり、諸形相の上に諸形相がある。
大命によって、その働きを成し遂げる。
かれは万有を見守り、熟思し、それを喜んだ。
ナーナクよ、それらについて語ることは鋼鉄のように固い[非常に難しいの意]。 ॥37॥

自制を炉とし、忍耐を金細工職人とせよ。
理解を金床とし、ヴェーダを道具とせよ。
畏敬をふいごとし、タパスを炎とせよ。
愛の坩堝で、アムリトを溶かせ。
このようにして真理の言葉という貨幣が鋳造される。
これが恩恵の眼差しを与えられた者の行為である。
ナーナクよ、恩寵を施す者は、(恩恵の)眼差しによって彼らを幸せにする。 ॥38॥

サローク
大気は師。水は父。母は大いなる地。
昼と夜は二人の子守り。その膝の上で全世界は戯れる。
善行も悪行も、ダルマの臨在の前に読み上げられる。
人は行為の報いに従って、ある者はより近くに呼ばれ、ある者は遠くに追いやられる。
御名に思いを注ぎ、額に汗して働いた後に出発した者たちは、
ナーナクよ、彼らの顔は輝かされ、多くの者と一緒になって解放されるであろう。 ॥1॥


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